デジタルアーカイブー吉田家住宅ー

更新日:2025年03月31日

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調査当時の写真から復元した吉田家住宅

今回は、吉田家住宅のあゆみと調査の成果を当時の写真でご紹介します。ここに掲載する写真は、文化財デジタルアーカイブ推進事業の一環として、教育委員会所蔵資料をデジタル化した写真の一部です。

吉田家住宅 外観

実年代のわかる県内最古の民家

吉田家住宅は享保6(1721)年に建築された民家です。建物の規模は桁行21.8m、梁間10.5mを測り、入母屋造りの茅葺屋根を持ちます。間取りは奥に2間の畳敷きの座敷、手前に広い板間のある「三間広間型」で、江戸時代の典型的な建物様式です。

昭和59年(1984)年の調査で棟札が見つかりました。棟札には「享保六丑歳霜月吉祥日」と記されており、建築年代のわかる県内最古の民家として平成元(1989)年に国の重要文化財建造物に指定されました。

吉田家住宅の解体修理と発掘調査

解体修理工事

平成8(1996)年から3ヵ年かけて国庫補助事業として建物の全面解体修理工事が行われ、それに先立ち当初形態の痕跡調査が解体工事と並行して行われました。

調査ではかまど・流し・湯場などの当時の生活を示す遺構が確認されました。流しや湯場から近世陶磁器が出土し、宅地内周辺各所から寛永通宝が確認されました。

発掘調査の様子

かまど

えな壺

流し

湯場

かまどは土間中央部のやや北側に位置しており、円形に数基が重複した状態で検出しました。約7基の痕跡が確認されたことから、数回の作り替えがあったものと推定されます。

えな壺とは、子供の誕生の際、その胎盤を壺に入れて子孫繁栄を願い、土間に埋める風習に利用された壺のことです。その遺構と考えられるピットと土器が北西柱礎石縁から検出しました。ピット内部から頂部を欠いた手焙り形の陶質土器が出土しました。

大戸の西側に湯場と考えられる遺構が検出しました。長辺1.7m、短辺1.4mの長方形の竪穴で、その内部から長辺1.2m、短辺1.05mの木質痕を伴う長方形木枠が発見されました。また、出土遺物の中から木枠を留めていたと考えられる和釘が確認されています。

現在の流しの下位から流しの遺構が検出されました。両側には礫が積み上げられていました。覆土の状況から一時期に埋められたことがわかりました。また、近世陶磁器を中心とする遺物が確認されています。

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