デジタルアーカイブ-萩日吉神社流鏑馬神事-
令和8年1月萩日吉神社流鏑馬神事が実施されました
「萩日吉神社のやぶさめ」は、ときがわ町西平地内の萩日吉神社において、鎌倉時代の木曽義仲の家臣と伝えられる明覚郷(ときがわ町)市川・荻窪・馬場氏の3氏と大河郷(小川町)伊藤・加藤・小林・横川氏の4氏が主君である義仲の霊や祖先を供養するために流鏑馬を奉納したのが始まりと伝えられています。現在では、3年に一度、行われており、令和8年1月18日(日曜日)に実施されました。
流鏑馬は埼玉県内で、現在2件しか伝えられていない貴重なもので、埼玉県指定無形民俗文化財に指定されています。 ここに掲載する写真は、文化財デジタルアーカイブ推進事業の一環として、撮影しました。
大河郷 出陣から松郷峠、陣屋まで
当番の「いざ出陣」とともに「おー」という掛け声で出陣します。途中、当番家の氏神様、四苗の氏神様、矢岸のオイセの氏神様、腰越の熊野神社、腰越のゴリョウ様、山王様、荒神様、天神様、宮寺の氷川様、宮下の天王様、松郷峠の神様等に四方固め、蟇目の神事を行います。
松郷峠移動中
松郷峠の小休止
蟇目
馬上の乗り子が一礼し、金の矢で神の的にコツコツと三度当て一礼します。
大河郷 陣場
大河郷、明覚郷とも女人堂の参拝が終わると萩日吉神社の神官宅前の平場に対面する形で各苗の紋所のついた白い幕を張り巡らし、陣場を設営します。両郷の陣場が設営完了すると神官が安全祈願を行い、関係者一同にお祓いを行います。大河郷の陣幕には名乗りを上げた当番の武士の名が書かれています。
夕まとう(ゆうまとう)
夕まとうのはじまり
左の乗り子:明覚郷 右の乗り子:大河郷
神官の清めが終わると乗り子は馬に馬場を見せる場見せを行います。次に一の的板に矢を当て、蟇目を行います。この蟇目の後に四方固めが行われ、山王様、東西南北、中央に矢が射られます。大河郷では、矢を一本持ち、「一の的」「二の的」「三の的」をそれぞれ馬を走らせながら馬上から乗り子が的をめがけて矢を放ち、戻るたびに四方固めを行います。四回目の疾走は、乗り子が両手を広げて前後に振ったり、扇を広げた手を振る等を行います。
四方固め
東西南北、中央、萩日吉神社に向けて矢を射ます。
的に向けて矢を放ちます。
矢取りっ子
介添え人とともに馬が走る前後に馬場を行ったり来たりします。背中に背負っている飾り矢の本数は7本と決められており、七苗の数と符合します。
矢取りっ子(大河郷)

四方固め
的を狙います
矢取り後、馬が戻ります。
戻った馬に対して相手側の馬に人参・みかんを食べさせます。
四芝目は扇(軍扇)、五芝目は鞭でのっぱらいを行います。
日の丸の扇を前後に振り走ります。
次回の萩日吉神社流鏑馬神事は3年後の 令和11年1月第3日曜日実施予定。
更新日:2026年02月18日